習体制に不穏な影 中国1000人規模の元軍人デモ 宮崎正弘氏「暗殺か戦争の可能性も」
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20161014/frn1610141550003-n1.htm
中国の習近平体制に対し、1000人規模の元軍人らが北京で大規模抗議デモを断行した。中国共産党の重要会議「第18期中央委員会第6回総会」(6中総会)が、24日から開かれるのに合わせた「示威行為」といえそうだ。景気失速を背景にして、習国家主席の「排除」を画策する動きや、目先を変える対外暴発を懸念する声もある。
デモは11日から12日未明にかけ、中国の中央軍事委員会や国防省が入る北京市西部の「八一大楼」前で行われた。迷彩服を着た元軍人らは、待遇の改善を求めて歌を叫んだり、国旗を振ったりしたという。軍中枢近くで大規模なデモは初めてとみられる。衝突は起きなかった。元軍人の数について「1000人どころではない」という情報もある。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(電子版)は、12の省や市から「数千人」が参加したと伝えた。これだけ大がかりな動員をするには、組織の関与が不可欠だ。現に、習体制に対する軍の不満は大きくなっている。ただ事ではない事態が今、中国で起きているといえそうだ。
「強軍路線」を掲げる習氏は、軍の余剰兵員30万人の削減表明をはじめ、大胆な軍改革を断行した。胡錦濤前政権の軍制服組ツートップを務めた郭伯雄、徐才厚の両氏も失脚させた。中国共産党は24日から、重要会議とされる6中総会を開く。「総会を前に習指導部の姿勢に不満を抱く勢力が、元軍人たちを動員した」との憶測も出ている。
中国事情に精通する、評論家の宮崎正弘氏は「元軍人も生活に困窮しており、中国の経済失速の深刻さを表している。今回の動きは間違いなく組織だったもので、習体制の反対勢力が主導しているはずだ。中国共産主義青年団出身者ら『団派』ではないか。6中総会後、反対勢力による軍事クーデターや暗殺が起きたり、習指導部が目先をそらすための戦争を始める可能性がある。戦争の場合、ベトナムが最も危ない」と語っている。
北京で11日に行われたデモには1000人規模の元軍人らが参加した(AP)
しかし形式的な存在であったとしても、国会に相当する全国人民代表大会(全人代)は、国の最高権力機関と定められている。省における省人民大会は、省の行政トップである省長を任命する権限を持つ。市についても同様だ。「制度上の形式」の権威が失せ、信頼がなくなれば、共産党を中核とする統治システムがぐらつく。それだけに、事件は深刻だ。
問題が発生したのは遼寧省だった。全人代代表(議員)は、各省の人民代表大会が選出することになっている(それとは別に軍選出の議員もいる)。省議会に相当する遼寧省人民代表大会の「腐敗問題」が調査の対象になっていることは、9月上旬には取沙汰されていた。
事態の発端は、中央軍事委員会の徐才厚前主席が退任後の2014年に収賄の容疑で訴追されたことだった。同事件に関連して、遼寧省選出の全人代議員だった王春成氏が同年4月に議員資格を取り消された。王氏は遼寧春成工貿易集団という企業の会長だった。
調べが進むにつれ、省人民大会、さらに同省選出の全人代議員の多くが「人民元、黄金、米ドル」などをばらまいて、議席を得たことが明らかになったという。
同問題がなおさら深刻であるのは、中国が90年代に本格化させた「改革開放」の推進にどうしても必要だとして導入した、新たな権力ヒエラルキーの構造が、「自家中毒」を起こしていると言わざるをえない点だ。
「改革開放」および、経済を全力で発展させた最大の目的は「共産党による統治の安定」だった。そして、経済発展の担い手である企業人は、政治分野での発言力向上を求めるようにった。自然な成り行きであるし、企業家の意見を政治にしっかり反映させることは、客観的に見ても必要と思われた。
企業家にまず門戸を開いたのは、政治協商会議だった。政治協商会議とは政策に対する「提言機関」だ。そのルーツは中華人民共和国成立以前の、国民党と対決するための「共同戦線」だった。つまり、共産党以外の各界から広く意見を求めるための組織という性格がある。企業家を政治協商会議のメンバー(委員)にすることに、さほどの違和感はなかった。
その結果2015年時点で、中国の資産家ランキングである胡潤百富榜の上位資産家1200人あまりのうち、約200人が、全国政治協商会議の委員を兼任しているという。
中国ではさらに、2000年に江沢民国家主席が提唱し、04年の憲法改正で序文にも盛り込まれた「3つの代表」で、民間資本家にも共産党入党への道が開かれた。民間企業の経営者が、人民代表大会の議員になることも、珍しくなくなった。
企業家が政界に進出すること自体は、西側社会でも珍しくない。日本でも、かつての田中角栄氏がそうだったし、米国で仮にトランプ氏が大統領に当選したら、財界人が政治のトップに躍り出た典型例の一つになるだろう。
しかし西側諸国では、「選挙に勝つ」とのプロセスを経なければ、政界に進出することはできない。中国では、「経済における地位がある」ことがそのままで、「政界に出たい」との希望を実現させる有力な手段になってしまう。地元経済に欠かせない人物で、思想的にも特に問題なしとみなされれば、地方の人民代表大会の議員の座は得やすい。市の議員になれば省の、省の議員になれば省選出の全人代議員への道が開けてくる。
そして、広く民衆から「票」を得るのではなく、「限られた世界」の中での支持を取りつければ「当選」ということになる。買収などの不正が発生しやすい構造になっているわけだ。
改めて、1990年代初頭から振り返ってみよう。「中国共産党は民衆の支持を取り付けるためにも、経済発展を必要とした」、「経済発展を進めるには、経済人の支持と彼らの要求を満たす必要があった」、「そこで、制度上の変更を最小限にとどめつつ、経済人に対して政界進出の道を開いた」、「その結果、構造的な『自家中毒』が発生」という経緯だ。そして民衆の共産党に対する不信がますます高まる可能性が出てきた。
今のところ習近平政権は、「腐敗に対して容赦しない」という方針を示し続けている。人々も、腐敗撲滅の方針自体に対しては、理解を示していると考えてよい。しかし、遼寧省のような状況が、「遼寧省だけ」に存在すると考えるのも不自然だ。同様の異常事態が全国各地で発生した場合、人々の見方はどうなるのか。
厳しい締め付けに対しては、反発も発生する。遼寧省以外の省でも次々に、同様の摘発をした場合、習近平政権は反発に耐えられるのか。逆に、地方人民代表大会への締め付けを緩めれば、「結局は見せかけだったか」と、大衆の心が離反する恐れが出てくる。
さらに、中国経済にかつてのような「高度成長」は望めないのが現実だ。人々の間で「暮らしが一向に良くならない。締め付けが緩かった、かつての方が良かった 」との声が高まった場合、どうなるのか。
習近平政権は外交面でも内政でも、強硬姿勢を取り続けている。しかし、強硬姿勢とは一般的に、始める時よりも後退させる時の方が、はるかに難しい。習近平政権はハイリスクな賭けに挑戦し、同じ賭けを続けるしかない状況と理解することができる。